1月 132010
 

プノンペンで開催された国際開発研究科主催の国際会議に出席してきました。他のスケジュールの都合で、2泊4日の強行日程となってしまいましたが、私は学生報告セッションの司会を担当しました。

私の担当したセッションでの報告は(1)カンボジア農村における土地取引と生存戦略の変化、(2)フィリピンにおける洪水災害リスクよる社会経済変化への対応、の2本。

特に意図したわけではないですが、どちらも私の現在の研究課題に大変示唆的であり、おもしろかった。

カンボジアの報告は、農村部で土地取引を行ったことのある農家への実証的調査に基づく無のであり、農村部でも土地取引が盛んになっているが、取引の動機は農業収入の不足分の補完、特に車やバイクなどの消費財を購入するためがほとんどであり、生存戦略の多様化(たとえば起業や収入源の多様化)にはあまりつながっていないという内容であった。特に、結果として土地の集中、土地なし層の増加、農業従事者の収入減少、土地利用の非効率化(これの理由を細かく聞くのを忘れた)、などの結果を引き起こしているという。このような調査は、法整備支援の想定する成果を検証するために重要な事項だとおもう。もっとも、農村部での土地所有は土地法や民法の想定する所有権ではなく、慣習的土地保有(住民の記憶に基づく)ものであり、都市部のような法的な登記の存在を前提としていない。しかし、土地集中により生まれた地主層は近代的土地権の農村でも求めるようになり、今後はそれが広がっていくだろう。

フィリピンの報告は、深刻な台風被害を受けた県での現地調査を元に、災害リスク管理におけるボトムアップアプローチ、物理的災害管理(堤防や河川改修)と制度的災害管理(避難・復旧プロセスや住民意識向上)との統合について述べていた。調査対象となった県では、このようなアプローチの採用に積極的であるが、他の地域では大きく温度差があるとのことだった。特に、物理的災害管理への偏りが、住民コミュニティレベルでの災害対処能力をスポイルするという指摘は興味深かった。

今回はついでに、プノンペン王立大学にある日本法センターも除いてきた。

11月 112009
 

研究のために個人的に作成しているインドネシア法令の翻訳を順次公開しています。あくまで私個人の研究利用目的の翻訳をただ掲載しているので誤訳等も直していません。

現在は、インドネシアにおける災害対策に関する法令を中心に翻訳を行っています。

3月 062009
 

世の中にはいろいろなテキストがあるもので、法律の作り方(立法権の話ではない)なんて言うのもある。というわけで、東ティモール立法能力向上支援研修前半のまとめとして、課題として喫煙法を起草してもらいました。もっとも、私が命じたわけではなく、講師を依頼している行政法の先生が出した課題ですが。

昨日の午後に宿題が出て、一晩かけて作ったらしい。全部で18条くらいの力作でした。ただ、基本、制裁を持って喫煙を減らすという方式が貫徹されていて、講義でやったようなインセンティブ付与での喫煙削減というアプローチはほとんどなかった。ステークホルダーを交えた禁煙政策策定委員会の設置は、まあ講義の内容がいくらか反映されていたであろうか。

講師のコメントをもらう前に、私がモデレータになって少し、原案をいじるための討議をしたところ、いくらかインセンティブ付与的なアイデアも出てきた。

そして、講師による逐条コメント。熱心にうなずき、メモをとる。。。というわけで、まじめさが取り柄の研修員二人でした。

その後の話によると、自分たちで一から法案を起草したのは初めてなんだそうだ(法案を起草する部門の責任者のはずだけど)。国ではもっぱら外国人アドバイザーが事前に作った草案を見せられて意見を求められるにとどまっていて、今回の研修での経験はかなり新鮮だったとのこと。お世辞を差し引いても、まあこれが日本とその他の国の法整備支援のそれぞれの特徴を図らずも示しているのだろう。

さて、来週からは研修後半、東京セッション。

3月 042009
 

3月2日から東ティモール司法省で法案起草業務を担当している職員2名を招聘して研修をやっています。もっとも、私はアテンド役で、講師は法学研究科や、市役所・法務省などの方に頼んでいるわけですが。

法学教育を受けた人材や実務経験がある人材が非常に限られている東ティモールでは、彼らの責任はとても重大なわけで、そのやる気はひしひしと伝わってきます。以前、東ティモールで裁判官の友人と話をしたときも、裁判官職務に対する熱意に圧倒されました。何というか、インドネシアで会う、良くも悪くも肩の力が抜けた裁判官達とはかなり肌合いが違います。

ただ、いかんせん知識と経験の不足は否めない。あと、言語。日本人には想像しにくいのだけど、国語となったポルトガル語を話せる人は、司法省(法律はすべてポルトガル語で書かれる)でさえ4分の1程度、公務員全体では10分の一くらい。東ティモール内ではかなり共通語としての地位を有しているテトゥン語は、行政用語としては語彙が十分でないとされて(要するに方言の域を出ないと判断されて)、公用文書用語とはされなかった。しかし、子供と元亡命組をのぞけば、ほとんどの人が話せるインドネシア語は政治的には公用語としては受け入れにくかった。

ほとんどすべての国民が国語を一から勉強しなければいけないという状況で、じゃあ、研修は何語でやればいいんだという壁にぶつかってしまうわけです。今回は通訳の都合もあって、インドネシア語で押し切ることにしたけど、実のところ9年以上公用語としてのインドネシア語から離れていた彼らは、最初のうちインドネシア語を思い出すのに時間がかかっていたらしい(急に饒舌になった理由を聞いたらそういっていた)。

裁判官も検察官も、当事者も十分には理解できないポルトガル語で法の運用をしなければいけない状況は、研修にきた彼らも十分にわかっているようだった。法律の言葉がわからなければ、法律を守ろうという意識も育ちにくいだろうし、そもそも守ろうにも中身がわからない・・・。

母語と国語が一致することを日本は誇るべきだという言葉にも妙に説得力があったし(もちろん、日本の現状に照らせば、それを日本人が言うことは問題が多すぎるけど、彼らから見ればそういうことなんだろう)。

さて、あと、10日ばかり研修は続くけど、その成果やいかに。