月別アーカイブ: 2015年6月

「外国につながる子どものことばとこころ──生きぬく力をはぐくむ 学校・家庭・地域の役割」

日本で暮らす外国につながる子どもを支える取り組みに関する講座が、7月25日に京都で開催されます。フィリピンにルーツをもつ子供たちの支援活動に取り組んできた内田晴子さんのコーディネートのもと、長年の経験をもつお二人の講師が、ご自身の豊富な経験にもとづいて、具体的な対策についてご講演してくださる予定です。とりわけ、ご家庭、学校、職場、近所などで、外国につながる子どもたちと関わる機会の多い方には、貴重な機会です。

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(京都市地域・多文化交流ネットワークサロン 第2回ボランティア講座)

外国につながる子どものことばとこころ
~生きぬく力をはぐくむ 学校・家庭・地域の役割~

7月25日(土)午後2時~4時
京都市地域・多文化交流ネットワークサロン(希望の家)
(JR京都駅 八条口から徒歩約10分)
http://k-tabunka.com/access.html

「子どもは日本語を覚えるのが早い」「日本生まれだから、日本語はまったく問題ない」
「お家の中でも日本語で会話してくださいね」
本当にそうでしょうか。まわりの大人たちが気をつけるべきことは何でしょうか。
具体例を交えながら、わかりやすく教えていただきます。
言語教育と精神科の貴重なコラボレーションです。ぜひお越しください。

【プログラム】
「母語と日本語 ~心と考える力を育て、なりたい自分になるために~」
京都市立春日丘中学校日本語教室 中山美紀子(なかやま みきこ)先生

「心を見わたせる心を育てる ~メンタライズMentalizeのお話~」
いわくら病院精神科医 崔烔仁(ちぇ ひょんいん)先生

(以上転送・転載歓迎)

石松紀子 (2015) 『イギリスにみる美術の現在 ── 抵抗から開かれたモダニズムへ』 花書院

大学院の仲間がまたひとり本を出版しました。最近、出版ラッシュですごく嬉しいかぎりです。

タイトルには出ていないのですが、イギリスにおける「ブラック・アート」に関する本です。周縁化を余儀なくされた人びとが、その状況を打開すべく展開してきたアート活動。こんな閉塞感のある時代だからこそ、なおさら大事な想像力が詰まっているように感じます。私はイギリスのパンクとジャマイカのレゲエが融合した音楽が好きなので、そういう関心からもとても楽しめました。

それにしても、フィリピンのスラムだったり、沖縄のハンセン病療養所だったり、アイルランドの壁画だったり、イギリスの「ブラック・アート」だったり、ト ピックはバラバラなのですが、九大比較社会文化出身者の本は、どれも共通して六本松のアナーキーな雰囲気が濃密に漂っている。

お金もなかったし未来も見えなかったけど、本読んで酒吞んで街を徘徊して議論してケンカして、そんな自由な時間だけはひたすらあった。逆に言えば、それしかなかった六本松は、今や存在を許されないようなガラパゴス的な恵まれた研究環境だったのだと思います。

 
イギリスにみる美術の現在 抵抗から開かれたモダニズムへ

 石松紀子 (2015) 『イギリスにみる美術の現在 ── 抵抗から開かれたモダニズムへ』 花書院

序章
1 帝国主義と美術
2 イギリスの非欧米系美術
第1章 「ブラック」の社会的背景
1 イギリスにおける移民
2 結束する「ブラック」
3 「ブラック・アート」の契機−Blkアート・グループ
4 「ブラック・アート」の展覧会−1980年代初期から中期まで
第2章 非欧米系美術にみるコンフリクト
1 「2つの世界から」展(1986年)
2 「エッセンシャル・ブラック・アート」展(1988年)
3 「ブラック・アート」に関する意見の相違
4 非欧米系美術にみるコンフリクト−2つの展覧会より
第3章 別の物語としてのモダニズム
1 「別の物語」展(1989年)
2 欧米における非欧米圏の美術受容−「20世紀美術におけるプリミティヴィズム」展(1984年)と「大地の魔術師」展(1989年)
3 「別の物語」展の出品作品
4 別の物語としての「モダニズム」
第4章 非欧米系美術に対する文化政策
1 イギリスが無視する芸術
2 大ロンドン市の文化政策(1981−86年)
3 英国アーツ・カウンシルの文化政策(1986−89年)
4 「エスニック・アート」から「文化的多様性」へ
5 inIVA(国際美術機関)と「文化的多様性」の展開
第5章 「主流的」な美術傾向
1 1980年代イギリスの「主流的」な美術傾向
2 1980年代の国際的な美術傾向−「ステイト・オブ・アート」展(1987年)
3 1990年代の「イギリス美術」
4 現代美術のナショナル・ブランド化
第6章 文化的差異の表象
1 ブラック・アートにみる「表象の重荷」
2 多文化社会における非欧米系美術
3 イギリス美術と文化的多様性に関わる美術
4 文化的差異の表象−福岡市美術館の展覧会より
第7章 抵抗から開かれたモダニズムへ
1 「ブラック・アート」の意義と衰退
2 閉じられたモダニズム−非欧米系美術の周縁性
3 ポストモダニズムからグローバル化時代へ
4 開かれたモダニズムへ−「未完の物語」
結びにかえて

ココウェルのココノキ(Coco no Ki)プロジェクト

ココナッツ専門店のココウェルさんが、ココノキ(Coco no Ki) の商品を本格的に販売されるようで、とても嬉しいです。

このプロジェクトは、2013年11月にフィリピン中部を襲った台風ヨランダの強風で倒れてしまったココナッツの木を活用したものです。

この台風で、ココナッツで生計を立てていた農家さんたちは現金収入源を失ってしまいました。現地の村々を回って調査をしたのですが、被災から1年半以上 たっても、10代の子供たちが学校をやめて出稼ぎに行ったり、村に残った大人たちも借金漬けになってしまったり、食事の質や量が悪くなっていたり、困窮化は痛々しいです。ココノキ・プロジェクトは、そういう現地の人びとに新しい雇用の機会も生み出しています。

今年の春に、ココウェルの水井さんのご好意で、ココノキ・プロジェクトの作業場を見学させてもらいました。場所は台風被害の大きかったレイテ島です。そこ で私は、職人さんたちが創意工夫しながら、誇りをもって作業に取り組んでいる姿に感銘を受けました。「なるほど、これは地場産業を創る試みなんだな」と、 腑に落ちたのです。

フィリピンの農村で貧しい家庭に生まれてしまうと、いくら頭が良かったり、勤勉だったりしても、大学に進学したり、良い収入を得るのは、なかなか厳しい現 実があります。個人の才覚や努力が報われにくくて、人生の選択肢の幅が狭く、抱ける夢の量が少ない社会だからです。そのため、多くのフィリピン人が故郷を 後にして、愛する家族を支えるためや夢をかなえるために世界中に出稼ぎにいくわけです。

でも、故郷に地場産業ができれば、村人も出稼ぎで家族と離れ離れになることなく一緒に暮らすことができます。現地リーダーのデイルさんも、地域で雇用を創出することの重要性を深く考えていて、たとえば無職の若者たちをこのプロジェクトに巻き込んでいました。

しかも、地場産業ができるということは、人びとの頑張りや創意工夫が報われる仕組みを、社会に新しく作り出すことに他なりません。「頑張っても報われない 社会から、頑張れば報われる社会へ」、という転換が少しずつでも起きるのならば、これは本当にすごいことだと思います。

品質の高い商品を創るために、水井さんは言葉はとても優しいのですが、とても細かな点まで職人さんに要求していました。そんなに厳しく要求すると、彼らがやる気をなくしてしまうんのでは、と不安になったりもします。しかし、デイルさんをはじめ職人さんたちは、「日本の消費者が満足してくれる商品を 作るぞ」と、ココウェルさんの要求に応えようと、一生懸命に知恵を出し合って試行錯誤していました。

私の手元にも、ココノキの商品が何点かあるのですが、どれもとても丁寧に作られていて、日々愛用しています。ココナッツは目が粗くて、決して加工しやすい木材ではないと思うのですが、よくぞここまでと感心します。

私自身、ワークキャンプや研究を通じてレイテ島の人びとと15年以上つきあってきたのですが、こうやって災害を契機に日本の消費者とフィリピンの村人たちを繋げられるなんて、思いもよりませんでした。ココノキの商品を手にとると、レイテの友人たちのことを思い出して彼らに会いたくなります。

ココウェルさんの商品へのこだわり、生産者への優しさ、ビジネスと社会貢献への信念、本当に素敵だなと思います。