『 消えない差異と生きる─ ─南部フィリピンのイスラームとキリスト教』吉澤あすな、風響社

二つの宗教が混在する街、ミンダナオ島のイリガン市に暮らす人びとの「消えない差異と生きる」日常について。物語スタイルの記述で、人びとの暮らしや葛藤を活き活きと描き出していて、まるで映画のようです。ただ同時に、分断社会の民主主義や平和構築といったテーマにも重い課題を投げかけているように思います。

本書によると、イリガン市の日常は、複数の民族や宗教間の不信や無理解をも包み込んだ「共存」で成り立っているそうです。しかし、国家やNGOの和平のアプローチは、二つの宗教の間に明確な境界線を引こうとするので、この微妙なバランスで成り立っている「共存」を脅かしてしまったり、看過してしまうといいます。

たとえば、前アキノ政権は念願の和平を進めるべく、イスラーム教徒の自治政府設立を進めましたが、逆説的にも相互不信が高まり、暴力を誘発してしまいました。他方、NGOや大学は、理想的なイスラーム教徒と理想的なキリスト教徒の共存を説くけれども、人々の暮らしの実態からはかけ離れているといいます。

本書はこうしたアプローチの限界を指摘しつつ、ミンダナオの人々が実践してきた「きれいごとじゃない日常が作る平和」にもっと目を向けるよう促します。二つの宗教を超えた恋愛や結婚もあるし、そこから生まれる子供たちもいる。真面目なキリスト教徒が信仰を突き詰めた結果、イスラーム教徒に改宗することだって盛んになっている、というのです。

もちろん、宗教の境界線を越えたといっても、完全な調和が達成されるわけではありません。むしろ家族やコミュニティのなかに複数の宗教が入ることによって、反目や葛藤も生じます。でも、それでも家族や隣人として一緒に暮らし続けていく。そんな「決して消えない差異を内包した共存」があるというのです。

ただ昨年には、イリガン市のすぐ隣にあるマラウィ市で大きな戦闘があったように、そんな微妙なバランスで成り立ってきた「共存」も壊れつつあるのかもしれません。そんな時に、政策レベルで人びとの日々の共存を活かした和平というものをどのように構想できるのでしょうか。政策は、どうしても「誰か」ではなく、「何か」という集合で人びとを捉えてしまうので、なかなか難しいですよね。

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“Discipline and desire: Hansen’s Disease patients reclaim life in Culion, 1900–1930s”

Please see my latest baby. I had been pregnant with this for many years. This is about love, sex, family and dignity of our lives. I really love her, perhaps one of my favorite baby.

I am deeply grateful for all those who kindly helped my first and perhaps last historical research, especially people of Culion who inspired me to envision new way of life. I hope you enjoy this piece which I tried to write like a novel.

“Discipline and Desire: Hansen’s Disease Patients Reclaim Life in Culion, 1900-1930s”, Social Science Diliman 13(2): 1-29, 2017.

Cover Page

『つながりを求めて: 福島原発避難者の語りから』 辰巳頼子・鳫咲子 (著)

著者の辰巳頼子さんから頂きました。福島原発事故から自主避難されてきた家族たちの物語。帰りの新幹線の中で読んでたら、思わず泣きそうに。

それにしても、避難者たちに寄せられる共感ではなく、非難と懐疑の眼差しに心が苦しくなります。フィリピンだったら、困難な状況に置かれた人々にもっと自然な共感や共苦の感情が寄せられると思うのですが、日本では苦しさを苦しさとして語ることさえ阻む何かがあるように思います。

共感されるには、何か特定の道徳的要件を満たさないといけない。下手に被害、被差別、苦しさなんかをアピールすると、徹底的に叩かれる。みなが日々を生きて行くために苦しんでいるから、あえて苦しみを語らざるを得ない人々を嫌悪するのでしょうか。

辰巳さんは、同じ子育て家族という共通項を立てることに可能性を見出していて、それはまったく正しいのだけど、そこにしか共感の回路を作り得ない社会が悲しくも思えます。

苦しみが嫌悪や分断ではなく、むしろ本書のタイトルにあるつながりを生み出すようにするにはどうしたらいいのでしょうね。

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Bandit Grabbed the State: Duterte’s Moral Politics

I am so surprised to know that the leading scholar Dr. Vicente Rafael kindly introduced and even uploaded (!) my latest piece on Duterte’s war on drugs and the poor to the academia edu. This one is published in the latest issue of Philippine Sociological Review edited by Nicole Curato.

Thank you so much Nicole for taking care of my piece, two anonymous reviewers who gave me very sharp comments, and my field informants in Manila, Davao and Leyte.

I meant “bandit” as “social bandit”, not as theft.

I appreciate both constructive and critical comments. It is always enlightening to exchange ideas with different people.

The following is the comment of Dr. Vicente Rafael.

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I just uploaded a very interesting article by ‘ Wataru Kusaka, “Bandit Grabbed the State, Duterte’s Moral Politics'” to @academia! https://t.co/3DsCh2cJmY
It is an attempt to puzzle through Duterte’s persistent popularity among the very people who he has been targeting in his drug wars, showing how they in fact feel grateful–and “safe”–for having survived the killings and therefore reassured of their “goodness” as “deserving poor”, vs. those who have been killed as “undeserving poor”.

If Duterete remains popular, it is because the poor themselves have bought into the narrative of moral valuation on which his legitimacy is based. Just as the poor are often outside of the law’s protection–and in fact are often victimized by the predatory behavior of its agents–so they come to identify with Duterte’s “bandit morality” as operating outside the law to keep them safe. And being “safe” and “secure” in the context of the bare life that they lead means being spared from the fate suffered by those who are deemed “immoral” and “subhuman”. Or so the argument goes…
Here’s the abstract to Kusaka’s piece:

“This article argues that Rodrigo Duterte’s outlaw legitimacy is anchored
on “social bandit-like morality.” It is characterized by the coexistence of
compassion and violence under a patriarchal boss who maintains justice
outside of the law. Urban legends have constructed him as a social bandit-like leader. However, the “moral we” who support Duterte’s discipline to save the nation has been constructed at the cost of the violent exclusion of criminalized “immoral others.” Anti-poverty programs that aim to mold the poor into a “moral citizenry” also exclude the poor who do not adhere to civic morality, for being “undeserving of rescue.” Against this background, the majority of the poor accept the war on drugs, believing they were saved for being “good citizens,” while those who were victims were “immoral others” who needed to be punished. However, the contradiction that a bandit, who is supposed to operate outside of the state, having grabbed state power entails risks. Despite the call for a strong state, state institutions have been weakened by his arbitrary decisions to implement his “tough love,” in distorted ways, thus creating sentiments among ex-drug users that their trust in the patriarchal leader has been betrayed. Without a strong legal legitimacy, the Duterte administration may face serious criticism
when patriarchal compassion is perceived to be untrue.”

ジェームス・スコット『実践 日々のアナキズム──世界に抗う土着の秩序の作り方』清水展・日下渉・中溝和弥 訳、岩波書店

ジェームス・スコット著『実践 日々のアナキズム──世界に抗う土着の秩序の作り方』(清水展・日下渉・中溝和弥(訳)が岩波書店から出版されました。原著タイトルは、Two Cheers for Anarchism でしたが、いろいろ相談してこうしました。

身の回りを見渡すと、工場、農場、売上、戦争、都市、教育、人間といった、ありとあらゆるものの生産性や効率性を数値化し、管理し、最大化しようとする「公式の秩序」に取り囲まれていることに気が付きます。そこでは計画者の立案するグランドデザインが社会秩序の規範です。そして、これを推進してきたのは近代国家と企業です。

しかし、この近代化のプロジェクトは、人びとが身の回りの者たちと日々の関わり合いのなかから、しばしば暗黙の了解によって作り上げてきた「土着の秩序」を破壊してきました。秩序を作りだす人間の相互性、自律性、創造性は失われ、誰かが作ったルールを盲目的に遵守することがばかりが求められているように思います。

こうした社会が、どれだけ人間の生の豊穣さを削り取ってきたことは改めて言うまでもないでしょう。

スコットのいうアナキズムとは、国家を否定するものではなく、むしろ一般の人びとが自らの自律性、相互性、そして尊厳を抱きながら、国家に依存することなく、自ら秩序を作り出していく実践を擁護する思想です。言い換えれば、卓越した知的エリートによる完璧な計画よりも、民衆の協働による絶え間ない試行錯誤(失敗と学びの繰り返し)を擁護する立場です。

生活のあちこちで進む管理化と効率化に息苦しさを感じる一般の人びとにも気軽に読んでもらえるよう、できるだけ分かりやすく、心を込めて翻訳しました。尊厳と自律性をもち、他者との関わり合いを楽しみながら、与えられた数値を満たすためだけに必死に頑張らなくても暮らせるような、もっと生きやすい社会秩序を考えるための手かがりになると思います。

クリオン島の歴史について

「アメリカの歪んだ「愛」が生み出した世界最大の隔離島クリオン」、『Leprosy.jp』

クリオン島についてインタビューしてもらいました。このLeprosy.jpというサイトでは、ハンセン病と一生をかけて深く関わってきたものすごい人びとたちが取り上げられているので、自分なんかがと申し訳なく思います。

とはいえ、クリオン島やフィリピンのハンセン病についての日本語情報が不十分ななか、情報発信の機会をいただき光栄です。

調査やインタビューに協力してくださった方々、本当にどうもありがとうございます

『フィリピンを知るための64章』(明石書店)

『フィリピンを知るための64章』(明石書店)が、昨年末に出版されました。

21世紀に入って変貌するフィリピンの「いま」を説明するために、フィリピンと深く関わってきた若手・中堅の研究者、ジャーナリスト、実践者たちが中心になって、執筆しました。

すばらしく豪華な執筆陣によって、フィリピンの魅力を広く・深く伝える好著になっていると自負しております。

2001年に出版された『現代フィリピンを知るための60章』も素晴らしい本でしたが、まったく新しい内容になっております。旧版を持っている方も、ぜひお買い求めください。新旧の違いからフィリピンの変化も感じていただけるかと思います。

フィリピンを知るための64章

規律と欲望のクリオン島 ── フィリピンにおけるアメリカの公衆衛生とハンセン病者

離島に隔離されたフィリピンのハンセン病者について書いた「規律と欲望のクリオン島」が、論集『人種神話を解体する2──科学と社会の知』の一章として先月出版されました。

隔離された人びとが、アメリカの植民地主義と人種主義に押し付けられた「正しい生き方」から、どうやって尊厳と自律性を取り戻そうとしたのかを、内在的に理解しようとした20世紀初頭の社会史です。脱走、賭博、強制労働と治療の拒否、恋人同士の密会、暴動など、彼らの生き様に敬意を抱き、それをできるだけ丁寧に描こうとしました。

自分にとっては、京都時代に、正気と狂気の狭間でうなされながら綴った文章のうちのひとつ。いろんな感情が過剰に込められてて、愛着あるけど、いびつな文章だと思う。それでも、「フィリピン民衆に対する熱い思いを感じさせる論考である」と言ってくれた編者の坂野さんの言葉が嬉しい。

アドバイスやインスピレーションをくれた多くの皆様、本当にどうもありがとうございます。また、ご批判やコメントを頂ければ嬉しいです。

国際シンポのお知らせ: LGBT Politics in Asia: Queering the State, Religion, and Family

We are going to hold the international conference on “LGBT Politics in Asia.” We very much appreciate your participation. アジアにおける性的マイノリティをめぐる政治に関する国際シンポジウムを開催いたします。皆様のご参加を心よりお待ちいたします。

Title
LGBT Politics in Asia: Queering the State, Religion, and Family
「アジアにおけるLGBTの政治──国家・宗教・家族の性言説と介入を解体する」

Purpose
States in Asia are increasingly preoccupied with sexual minorities today. With leading scholars and activists from various Asian countries, we will examine these preoccupations. The reactions from the states towards sexual minorities appear to be full of contradictions. On the one hand, sexual minorities are treated by a number of states as a real threat; they may be subject to surveillance and even violence, although sexual minorities have never possessed the kind of political power to subvert a state. On the other hand, states are at times boastful of the tolerance with which they treat sexual minorities. We approach such contradictions and incoherences especially by investigating the discourses on the state, religion, and family, which authorize sexual normativity. This symposium will thus seek to identify and analyze the “queerness” of these discourses.

本シンポジウムでは、なぜアジアの国家が、性的マイノリティに固執するのかを批判的に検討する。アジアの国家は、性的マイノリティが国家を転覆することなどないに もかかわらず、彼らの脅威を喧伝し、執拗に彼らの親密圏を監視し、暴力的に弾圧する一方で、時には彼らを受け入れてやっているのだと自慢したりもする。本シンポジウムでは、アジア各国におけるLGBT運動の第一線で活躍してきた研究者/活動家を招いて、インドネシア、マレーシア、フィリピン、 日本の事例を検討する。そのうえで、性の規範をめぐる道徳の境界線を構築しつつ、性的マイノリティを食いものにして自らの正統性を強化する国家・宗教・家族の支配的言説の「変態性」を暴露したい。

September 28 (Wednesday) 2016, 13:00-18:40
2016年9月28日(水) 13:00~18:40

Room 333, Inamori Foundation Memorial Hall, Kyoto University
<access page: http://www.cseas.kyoto-u.ac.jp/en/access-2/>
京都大学稲森記念会館333号室(大会議室)
<http://www.cseas.kyoto-u.ac.jp/access/>

Language: English
使用言語:英語(通訳なし)

Schedule

13:00
Explanation of the symposium

13:10-14:00    Indonesia
Dede Oetomo (NGO, Gaya Nusantara)
“Religion, Culture, Politics or All of the Above: Understanding the Position of Diverse Sexualities and Genders in Indonesia”
Profile: https://en.wikipedia.org/wiki/Dede_Oetomo

14:00-14:50   Malaysia
Shanon Shah (William Temple Foundation)
“We are Family: Gay Muslim Dilemmas in Malaysia”
Profile: https://en.wikipedia.org/wiki/Shanon_Shah

15:00-15:50    Philippines
Danton Remoto (Ateneo de Manila University,  Political Party Ang Ladlad)
“The Unholy Trinity of State, Religion and Family in Latin Asia Philippines”
Profile: https://en.wikipedia.org/wiki/Danton_Remoto

15:50-16:40    Japan
Akitomo Shingae 新ヶ江章友 (Osaka City University)
“Gay Men and HIV/AIDS in Japan: “Gay Communities”, the State, and Gay Identities”
Profile: http://researchmap.jp/read0133692/?lang=english

16:50-17:20   Comment
Yayo Okano 岡野八代 (Doshishya University, Japan)
Profile: http://global-studies.doshisha.ac.jp/en/teacher/teacher/okano.html

17:20-18:40 Q&A and Discussion

Moderators
Tsukasa Iga 伊賀司 (Kyoto University)
Masaaki Okamoto 岡本正明 (Kyoto University)
Wataru Kusaka 日下渉 (Nagoya University)

主催
科学研究費 基盤B「東南アジアにおけるLGBTの比較政治研究」(代表:日下渉、名古屋大学大学院国際開発研究科)
京都大学東南アジア研究所共同利用共同施設研究「東南アジアにおけるセクシュアリティの比較政治研究―民主化とグローバル化時代の性的マイノリティ」(代表:伊賀司、京都大学東南アジア研究所)

Organized by
JSPS granted project “Comparative LGBT Politics in Southeast Asia” (project leader: Wataru Kusaka, Nagoya University )
International Program of Collaborative Research in CSEAS, Kyoto University “Comparative Sexuality Politics in Southeast Asia” (project leader, Tsukasa Iga)

参加届と懇親会
シンポジウム後には別会場でゲストを囲んだ簡単な懇親会も予定しています。 お手数ですが会場の準備等のために、シンポ後の懇親会も含めご出席いただける方は事前に、日下渉(kusaka [at] gsid.nagoya-u.ac.jp)あるいは伊賀司(igatsukasa [at] gmail.com)までご連絡いただければ幸いです。

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「外国につながる子どものことばとこころ──生きぬく力をはぐくむ 学校・家庭・地域の役割」

日本で暮らす外国につながる子どもを支える取り組みに関する講座が、7月25日に京都で開催されます。フィリピンにルーツをもつ子供たちの支援活動に取り組んできた内田晴子さんのコーディネートのもと、長年の経験をもつお二人の講師が、ご自身の豊富な経験にもとづいて、具体的な対策についてご講演してくださる予定です。とりわけ、ご家庭、学校、職場、近所などで、外国につながる子どもたちと関わる機会の多い方には、貴重な機会です。

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(京都市地域・多文化交流ネットワークサロン 第2回ボランティア講座)

外国につながる子どものことばとこころ
~生きぬく力をはぐくむ 学校・家庭・地域の役割~

7月25日(土)午後2時~4時
京都市地域・多文化交流ネットワークサロン(希望の家)
(JR京都駅 八条口から徒歩約10分)
http://k-tabunka.com/access.html

「子どもは日本語を覚えるのが早い」「日本生まれだから、日本語はまったく問題ない」
「お家の中でも日本語で会話してくださいね」
本当にそうでしょうか。まわりの大人たちが気をつけるべきことは何でしょうか。
具体例を交えながら、わかりやすく教えていただきます。
言語教育と精神科の貴重なコラボレーションです。ぜひお越しください。

【プログラム】
「母語と日本語 ~心と考える力を育て、なりたい自分になるために~」
京都市立春日丘中学校日本語教室 中山美紀子(なかやま みきこ)先生

「心を見わたせる心を育てる ~メンタライズMentalizeのお話~」
いわくら病院精神科医 崔烔仁(ちぇ ひょんいん)先生

(以上転送・転載歓迎)