多民族社会研究と開発

多民族社会研究と開発

実は、「多民族社会研究」という名前の研究分野(ディシプリン)が現在確立しているとはいいがたいのですが、複数の民族が一つの地域内に混住する社 会の現状や将来についての関心は、近年とみに高まっているといえるでしょう。国連開発計画(UNDP)が発行する『人間開発報告書2004年版』でも、人 間開発戦略に多文化主義政策を組み込むことがメインテーマとして論じられています。
それにはいくつかの要因があるでしょうが、一つには、西欧に端を発した近代国民国家型の統治形態に疑問が付されるようになったことが考えられます。国家の 凝集性を高めるために、均質な国民の養成に主眼を置いてきたイデオロギーや開発推進は、結局少数派(特に先住民族)の人権や尊厳を損ない、時には民族紛争 を招き、かえって不安定な社会を生じさせてきた場合も少なくありません。そこで上記の『人間開発報告書』などでも、文化的自由を開発において達成されるべ き課題と位置付け、積極的に方向転換しようとしているように見受けられます。
とはいえ、どのような多民族社会が望ましいのかというモデル提示は簡単ではありません。耐用年数が切れてきたかに見える国民国家も、代替案のない現状では 当分存続するでしょう(途上国の中には、国家の凝集性を高めることこそがいまなお主要な問題だとする為政者もいるでしょう)。既存の国家の枠組みの中で、 多数派と少数派の関係をどのように調停するのか、あるいは国家を超えた人(民族)の移動をいかにコントロールすべきかといった課題は、エスニシティ論や国 際社会学といった分野を中心にさかんに論じられるようになりましたが、まだ手付かずの領域が多く残されています。とりわけ、途上国における多民族社会の実 態はそれこそ多様です。また国境を越えた労働者(家族)の往来(国際労働力移動)は、多民族社会形成の一因であると同時に、一つの現象が先進国・途上国の 両側に影響を及ぼします。それだけに、複雑で動態的な現代社会の中で、多民族社会に関連する研究は、社会開発の文脈でも、チャレンジングであると同時に活気のある分野であるといえます。

(参考)
・ 梅棹忠夫監修.2002.『世界民族問題事典(新訂増補)』平凡社
・ 国連開発計画編(横田洋三・ 秋月弘子監修). 2004.『人間開発報告書2004』古今書院(United Nations Development Programme. 2004. Cultural Liberty in Today’s Diverse World ; Human Development Report 2004. New York: Oxford University Press)http://hdr.undp.org/en/reports/global/hdr2004/

【国際労働力移動】

近年日本においても外国人労働者の数が急増し、異なる社会文化的背景を背負った人たちといかに共生していくかという課題がしばしば論じられるよう になりました。今後さらに社会の少子高齢化対策として、あるいは自由貿易協定(FTA)の締結に絡んで、一定数の外国人労働者を受け入れる必要の是非に関 する議論が高まっていくことが予想されます。このように、国際労働力移動に伴う社会変容は、日本においても重要なテーマとして、社会学者その他の分野の研 究者が関心を寄せています。
もっとも、国際労働力移動の影響は、日本のように受入側(もっぱら先進国)の事情を見ているだけでは不十分で、トータルには、送出側(もっぱら途上国) の事情と出稼ぎ労働者および家族自身の変化も合わせてとらえる必要があります。この現象は、古典的にはプッシュ―プルというマクロレベルの社会的要因に よってとらえられることが多かったのですが、近年ではそれに加えて、移住者や家族個人のアイデンティティといったミクロレベルでの分析や、移住過程を一連 のシステムとしてとらえるメゾレベル(マクロとミクロの間)の分析も行なわれるようになりました。日本では、送出側の社会に関する研究蓄積が少なく、途上 国側の政策(フィリピンのように出稼ぎを外貨獲得のための国策としている国もあります)や労働者の帰国後の生活といった側面に関する分野は、今後開拓され るべき研究領域です。
いずれにせよ、国際労働力移動という現象が途上国・先進国の両側にまたがって大きな影響を与えているのは事実です。先進国側においてはもっぱら多民族社会研究、途上国側においては社会開発の文脈で論じられることが多い移住労働者にまつわる諸問題は、まさにグローバリゼーションと呼ばれる現代社会の変貌と重なる領域であるといえましょう。

(参考)
・ 国立民族学博物館編. 2004.『多みんぞくニホン――在日外国人の暮らし』千里財団
・ 国際移住機関(International Organization for Migration)
http://www.iom.ch/
・ World Migration 2008
http://www.iom.int/jahia/Jahia/op/edit/cache/offonce/pid/1674?entryId=20275

【多文化主義】

異なる文化的背景を持った人々が同じ社会の中で仲良く暮らしていくためにどうすればよいのか。そんな疑問への答え(解決策)として、「多文化主 義」という用語を目にする機会が多くなりました。多文化主義に関する議論は、それを国是として採用しているオーストラリアやカナダの例がよく持ち出されま すが、近年ではそれ以外の地域でも拡大適応されるケースがしばしばあります。UNDPの『人間開発報告書2004年版』でも、人間開発戦略に多文化主義政 策を組み込むことが世界各国の例を引きながら論じられています。多文化主義を、複数の文化的価値観が一つの社会の中で共存すべきという発想としてとらえる ならば、実際「多文化主義」という言葉を掲げなくとも、多かれ少なかれ文化的少数派に配慮した政策をとっている国は珍しくはありません。
では、多文化主義が異民族共存の万能薬かといえば、決してそんなことはないというのが代表的な研究者の見解です。問題は多岐に渡りますが、国家の中の主 流派とさまざまな少数派が互いに満足するような折り合いの付け方は容易ではないのは確かです。そのため、多文化主義を理念というよりはプラグマティックな 政治過程として見なす方が適切とする意見もあります。
ただ、反動として同化主義や異民族排斥に向かう風潮が世界各国で見られる中で、多様性を尊重する社会を具現化していく取り組みは、たとえ時間がかかるにせよ、社会開発が今後歩むべき方向性ではないかと考えられます。

(参考)
・ 多文化共生キーワード事典編集委員会編. 2010.『多文化共生キーワード事典 (改訂版)』明石書店
・ International Journal on Multicultural Societies (UNESCO)
http://portal.unesco.org/shs/en/ev.php-URL_ID=2547&URL_DO=DO_TOPIC&URL_SECTION=201.html

【先住民族と開発】

近現代における開発の負のインパクトを最も強く受けてきたのが、先住民族と呼ばれる人々であるといっても過言ではないと思います。先住民族は支配 的集団によって近代国家の中に同意なく組み込まれ、同化を強要されてきた土着の民族的少数派です。その数は正確にはわかりませんが、億単位であるとはいえ るでしょう。ただし、「先住民族」という言葉の定義自体政治的な意味合いが強く、アジアやアフリカの諸国では自国内の先住民族の存在を認めない国も少なく ありません。
それでも、1980年代以降、先住民族の生活や人権を尊重した開発のあり方が国際社会の中で少しずつながら模索されるようになってきました。2007年 には国連総会において「先住民族の権利に関する国際連合宣言」が採択されました。また、世界銀行やアジア開発銀行などの国際機関では、開発プロジェクトを 実施するにあたって先住民族に配慮するよう求めるガイドラインを作成したりもしています。
とはいえ、大規模ダム建設の事例のように、先住民族に非自発的移住を強いるようなプロジェクトに歯止めがかからない場合も依然として存在します。また、強 制的な移住にまでは至らなくとも、主流派社会に同化を迫られたり、外部からの圧力によって急激な社会変容を被ったり、先住者の共同体存続が困難に陥る事態 は歴史上しばしば起ってきたことです(日本におけるアイヌ民族の場合も同様です)。
社会開発の視点からは、先住民族の慣習や価値観を尊重しつつ、グローバリゼーションにともなう変容や「近代化」に先住民族が対処していくために、外部社会が何をなすか、といった課題として考えられると思います。

(参考)
・ 綾部恒雄監修. 2005‐2008. 『講座世界の先住民族(全10巻)』明石書店
・ 上村英明監修. 2004.『グローバル時代の先住民族』法律文化社
・United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples
http://www.un.org/esa/socdev/unpfii/en/drip.html
・ The World Wide Web Virtual Library: Indigenous Studies
http://www.cwis.org/wwwvl/indig-vl.html
・ Unrepresented Nations and Peoples Organization
http://www.unpo.org/
・ アイヌ文化振興・研究推進機構
http://www.frpac.or.jp/