地域研究と開発・文化

【地域研究とその方法】

地域研究というと、まずは東南アジアなど具体的地域名や国名が思い浮かべられると思いますが、具体的な情報は関連文献やサイト(下記参照)におまかせして、ここでは研究方法の原則を述べておきましょう。
地域研究というのは地域を研究対象とする学問です。また時には地域から世界を見渡す学問ともなります。
地域研究にはどのような研究法があるでしょうか。実はこれまで長い間、地域研究では独自の研究法を示すことはなく、必要な言語の修得、対象地域の歴史・文 化などの総合的理解、フィールド・ワークによる資料の収集などが強調されるだけでした。研究者達は既存のディシプリンを元にして自分たちで開発した研究法 を使っていました。そこで地域研究では、先人の研究をよく読んで、自分のテーマにあった方法や良いと思った方法を取り入れていくことが王道でした。
とはいえ、このような手探りの研究が進められる中で、現在では研究法の基礎はフィールド・ワークにあるという認識が共有されるようになって来ました。 フィールド・ワークのフィールドというのは「場」ですから、フィールド・ワークは場に身をおいて調査研究することを意味します。「場」とは空間であり、物 事が起ったり行われたりしている所であり、物事が行われているときの、その時々の状況や雰囲気でもあります。例えで言えば、演劇の行われている舞台のよう なものです。また地域研究にとっては、「場」は直観(研究上のアイデア)が成り立つ大切な場所でもあります。
では、フィールド・ワークのワークはどうでしょうか。私たちは日頃の生活の中で、今まで毎日当然のように生きてきた場所や人間関係について不都合や疑問が 生まれたとき、一時的に違った場所に身を置いてそれを考えるという知恵を持っています。失恋をして旅に出るのは極めて卑近な例でしょう。地域研究のフィー ルド・ワークはこれに似ています。生まれ育った国や社会で生じた疑問により広い視野から答えを出すために、異なった場に滞在して情報を集め比較したりして 考えます。これが基本形ですが、異なった場に暮らし始めてから疑問や着想を得て調べ始めた研究者・学生も沢山います。
さらに一つの滞在地に留まるだけではなく、他所へ行ったり時には高所から全体を見渡したりすることも必要です。ただし地域研究では、まずは一つの「場」の 調査をしっかり行い、いつもそこへ戻ることを奨励します。これまで暮らしてきた場とは異なった、自分の研究・自分の認識にとって照準点となるような「場」 を、何らかの形で持つことが大切だからです。なお、この「場」は具体的な村やコミュニティである必要はなく、必ずしも外国である必要もありません。とはい え、地域研究とはまた結果オーライの世界でもあり、良い作品さえ書ければ何でもありの学問でもあります。
開発と文化(開発と地域研究)、地域文化の捉え方、近代的制度と文化の項も参照してください。

(参考)
・ 国立民族学博物館地域研究企画交流センター
http://www.minpaku.ac.jp/jcas/links/index.html
・ 立本成文.1999.『地域研究の問題と方法-社会文化生態力学の試み(増補改訂)』京都大学学術出版会
・ Maeda Tachimoto, Narifumi. 2004. Global Area Studies and Fieldwork, GSID Discussion Paper No. 129
http://www.gsid.nagoya-u.ac.jp/bpub/research/public/paper/article/129.pdf

【地域文化の捉え方】

文化という用語は実に多様な使われ方をしますが、ここでは地域の個性としての文化を扱う上で注意の必要な点について、簡単に触れておきます。
文化は、生活様式をさす時も価値体系・芸術作品をさす時も、その基本に、お互いを区別し合う形式(きまったやりかた)があります。文化の形式自体は文字通 りの“形”にすぎませんが、それが人によって使われ、価値を与えられて、生きた文化となります。そしてそれらの生きた文化が、ある社会のなかで、体系的に 位置づけられ、全体として首尾一貫性を持ったときに文化的統合(まとまり)があると見なされます。そしてそれは、例えば「イスラム文化」「アイヌ文化」な どと名付けられます。とはいえ、生きた文化には統合へ向かう傾向とともに、常にお互いを区別しようとする多様化への傾向があるので、完全な統合は知識人が 考え出した哲学や思想の中にしかありえず、現実の生活の中では、多様で多元的な生きた文化の数々がゆるやかにつながり合っています。そしてこのゆるやかに 連続しているものをどのような規準で、どこで線引きしてまとまりとするかということが、研究者にとってもそこに生活している者にとっても常に大きな問題 で、線引きやまとめは繰り返して行われます。
このことを具体的な先行研究によって確かめていただければと思います。

(参考)
・ 濱島朗・竹内郁郎・石川晃光編.1997.『社会学小辞典(新版)』有斐閣
・ 立本成文.1999.『地域研究の問題と方法-社会文化生態力学の試み(増補改訂)』京都大学学術出版会

【開発と文化(開発と地域研究)】

かつて、各地域の固有で多様な文化は遅れたものであり、開発にとって障害であっていずれ消えゆくものと見なされた時代がありました。しかし現在で は、開発は地域の固有な文化を生かして行うものであるという考え方が、主流となりました。とはいえ開発と地域文化の接合はそう簡単ではありません。第1に 各地の地理生態そして文化には気の遠くなるほどの多様性があります。地形や生態次第では1村毎に生活のための条件が全く異なる地域もあります。さらに開発 実務家が必要とする地域文化の情報と地域研究(含む文化・社会人類学)の研究成果とは、現在までのところなかなか一致しません。開発社会学・開発人類学に おいてもようやく本格的な研究成果が出てきたばかりで、地域研究(含む文化・社会人類学)の成果を開発に如何に有効に生かすか、および開発をサポートする 地域研究はあり得るかといった問題は将来の課題となっています。
当面、両者の接点は、現場であるかと思います。開発は現場無くして行われないものであり、一方で地域研究は基本的に「場」を研究する学問です。この現場 に着目すると、開発学の考え方や視点の中で、地域研究と接合が可能であるものとして、内発的発展論、参加型開発、そして日本の地域おこしの視点などが挙げ られます。また開発学のアプローチのなかではコミュニティ・ディベロップメント、ローカルノレッジの活用などが地域研究と親和性があります。
このような研究の現状から、開発に地域の文化を生かすことを志す皆さんにとって、先人が行った個別事例研究の検討は学習の重要な部分を占めることになります。

(参考)
・ 岡本真佐子.1996.『開発と文化』岩波書店
・ 川田順造ほか編.1997-1998.『岩波講座 開発と文化』全7巻
・ 山下晋司編.1996.『観光人類学』新曜社
・ チェンバース、ロバート(野田直人・白鳥清志監訳).2000.『参加型開発と国際協力――変わるのは私たち』明石書店(Chambers, Robert . 1997. Whose Reality Counts?: Putting the First Last. London : Intermediate Technology)
・ 国際開発学会 開発と文化研究部会サイト
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jasid/chap/culture.htm

【近代的制度と文化】

非西欧世界に導入された近代制度とその地域の文化に関する研究のアプローチには、大きく分けて2つあります。
第1は、すでに根付いている近代的(あるいは普遍的)制度・組織の中で見られる文化現象を対象とする研究です。研究の蓄積は豊富で、興味をもって読める入門書としては文献①などが手頃です。
第2は、非西洋社会における近代制度の受け入れ過程で、近代制度と社会の融合と変容を対象とする研究です。「法とガバナンス」プログラムで扱う国家レベルの近代法制度・官僚制度の研究もこの側面を持ちます。これに対して「社会開発と文化」プログラムが 主に扱うテーマは、開発やグローバリゼーションが国家内部の地域および村々に与えたインパクトにかかわる問題です。この問題は、「近代化過程における社会 変容」、「グローバリゼーションとローカリゼーション」といった言葉で表現されることもあります。この問題のなかで、集落やコミュニティなど比較的小規模 な社会単位を対象とした事例研究は、すでに人類学、開発人類学で蓄積があります。その一方でおそらく研究の蓄積が一番少ないのが、もう少し大きい単位の地 域社会と近代制度のぶつかり合いと融合です。この解明は決して易しい課題ではありません。しかし途上国でも日本でも、今や危機に瀕している国家内部の地域 社会の再生をめざすとき、その光と陰の検討は避けて通れない問題です。

(参考)
・ 佐藤郁哉.2002.『組織と経営について知るための実践フィールドワーク入門』有斐閣(文献①)
・ ホガート、K.・ブラー、H(岡橋秀典・澤宗典監訳).1998.『農村開発の理論――グローバリゼーションとロカリティ(上下)』古今書院 (Hoggart, Keith, Buller, Henry. 1987. Rural Development: A Geographical Perspective. London. New York : Croom Helm)

【環境問題と地域研究】

1970年代以降に高まりをみせた地球環境への関心は、環境主義(Environmentalism)とよばれます。なかでも、「かけがえのない地 球(Only One Earth)」をスローガンに1972年に開催された国連人間環境会議(ストックホルム会議)は、国家の枠組みを超えた環境問題、すなわち地球環境問題の 存在をひろくアピールし、地球環境主義を誕生させました。その後この地球環境主義への関心は、1992年にリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議 (地球サミット)において頂点に達し、現在に至っています。
「地球環境問題」は、地球温暖化の防止や生物多様性の保全などを課題としますが、「地球」という言葉が入っているためか、これらの環境問題が、全人類に均 等に被害を与えるかのような印象をもたらします。しかし実際には、まず特定の「地域」が犠牲となるのです。たとえば、地球温暖化による海面上昇でただちに 被害をうけるのは、ワシントンや東京の住民ではなく、太平洋やインド洋に浮かぶサンゴ礁島に生活する人びとです。逆説的ですが「地球」環境問題は、「地 域」環境問題としてしか、具体化してきません。
このように地球環境問題では、様々な各地の地域社会で生じるミクロな現象を地球規模のマクロな問題と関連づけて議論することが重要であり、地域研究は、ミ クロとマクロの橋渡しとなることが期待されます。この橋渡しの重要性は、地球規模での生物多様性保全の主張が高まるにつれて、村落レベルにおける資源管理 が注目されるようになったことからも明らかです。ある資源が搾取されるか、持続的に利用されるかは、具体的には地域の問題です。これら資源利用についての 研究は、地域研究中のコモンズ論として知られますが、何をコモンズ(みんなのもの)と考えるのか、このこともまたコモンズ論の研究課題です。

(参考)
・ 秋道智彌. 2004.『コモンズの人類学――文化・歴史・生態』人文書院
・ 井上真・宮内泰介編. 2001. 『コモンズの社会学――森・川・海の共同管理を考える』新曜社。
・ 金子熊夫. 1998. 「「地球環境」概念の誕生とその発展過程-体験的環境外交論」内藤正明・加藤三郎編『岩波講座地球環境学10 持続可能な社会システム』岩波書店
・ シュレーダー=フレチェット編(京都生命倫理研究会訳). 1993. 『環境の倫理(下)』晃洋書房(Shrader-Frechette, K. S., 1991. Environmental ethics (second edition). Pacific Grove, California: Boxwood Press)
・ ポーター,G.・J. W. ブラウン(細田衛士監訳). 1998. 『入門地球環境政治』有斐閣(Porter, Gareth, Brown, Janet Welsh . 1996. Global environmental politics (second edition). Boulder, CO: Westview Press)
・ Hardin, Garrett. 1968. The tragedy of the Commons. Science 162